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サッペディア 時計台は何だったのか

サッペディア 時計台は何だったのか
2011年4月5日掲載情報 - 札幌版
サッペディア 時計台は何だったのか 札幌

時計台は何だったのか!?いま解き明かされる時計台の歴史

「わたしたちは、時計台の鐘がなる札幌の市民です」。このどこかで聞いたことのあるフレーズは、札幌市民憲章の前章に含まれているものです。札幌市のシンボルである時計台。遠くからの友人が札幌観光に来た際に、紹介する場所として選ぶ方も多いのではないでしょうか。

時計台はそもそも札幌農学校、つまり現在の北海道大学の演武場として建設されました。お誕生日は1878年10月16日、まだ明治11年のことです。当初は札幌農学校の敷地の真ん中、北2条西2丁目に建設されていたようです。そのころ札幌は屯田兵制度を実施する兵村であり、時計台は農事、兵事の両方を教えるために使われていました。札幌農学校の学生たちにとても親しまれていたらしく、明治25年に札幌に大火災があった時も、生徒が屋根に登り火の粉を払い延焼に努めたと伝えられています。

その後明治36年に札幌農学校が現在の北大の位置へ移転したのち、明治39年に札幌区が時計台を買い取って現在の位置に移転し、公会堂的な施設として公共のために利用されるようになりました。そして札幌郵便局が火事になった時には郵便局として使われたり、北海道教育委員会の事務所や図書館になったり、沢山の講演会や音楽会の会場としても利用されつつ、現在に至ります。

現在、1階は北海道の歴史等の資料展示室、2階は時計台の仕組みなどを紹介する大型ビジョンやホールがあります。木の匂いと懐かしさの漂うホールは札幌市民が音楽会等のイベント会場として利用することができ、今も市民によって日々歴史を刻んでいます。

  • 場所: 札幌市中央区北1条西2丁目

サッぺディアは札幌市民のための地域の見どころ再発見辞典です。

文責:びも〜る編集部

※この情報は2011年4月5日時点のものです。事前にお問い合わせ先で最新の情報をご確認の上、お出かけください。お問い合わせの際には「びもーるを見た」とお伝え下さい。

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